第5回優秀事例研究賞

著作名 : 「生命保険契約と特別受益性」(広島高決令和4年2月25日 家庭の法と裁判41号50項)

発 行 : 学会誌 第11号  2023年10月

著 者 : 大杉 麻美 氏 (日本大学法学部 教授)


【要旨】(事例研究の冒頭を引用)

民法903条1項は 被相続人からの遺贈、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本としての贈与につき持戻を認めるところ、生命保険金請求権の特別受益性該当性については学説・判例において見解の分かれるところであった。最高裁平成16年10月29日決定は学説・判例における見解の相違に対し、民法903条の趣旨を考慮し「到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合」には特別受益に準じて持戻しの対象となると判示している。以降判例はもっぱら「特段の事情」を具体的に判断し特別受益該当性を判断しているが、「特段の事情」の射程範囲については明確ではなく、共同相続人の公平をはかりつつ、どのような事情を「特段」と認めるかについては個々の裁判の判断に委ねられているのが現状である。本稿では広島高決令和4年2月25日の判例を素材として、特段の事情の限界について検討するものである。

【審査意見書から】

・生命保険金請求権の特別受益該当性に関する広島高決令和4・2・25の検討であるが、実務的に重要な問題である。本決定は、保険金額2100万円、遺産分割対象財産約460万円の事例であるが、最高裁判例にしたがって、特別受益に該当しないとした。大杉は、本生命保険が、配偶者の生活保障の意味があることに注目している。慎重な考察であり、実務的に有益である。

・裁判事例から、丁寧に生命保険の特別受益性の問題点を読み解いていく論文で、読んでいて楽しく、そして考えさせられる。
・生命保険の特別受益性について、様々な判例や学説を元に色々と比較検討されている。著者の見解が示されれば一層良かったと思う。
・「特段の事情」に配慮し、特別受益権について、適切な判例でわかりやすく解説している。

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著作名 : 「事業承継に関わる株式評価とホールディング会社設立の問題」
発 行 : 学会誌 第11号  2023年10月
著 者 : 森田 純弘      氏 (森田純弘税理士事務所 税理士)

【要旨】(事例研究の冒頭を引用)

事業承継のための「相続」あるいは「相続税」対策として、税理士の顧問先の会社が、顧間税理士の知らない間にホールディング会社を設立しているケースが日本全国の各地で起きている。ホールディング会社は、「持株会社」のことであり、ホールディングスとかホールディング・カンパニーとも呼はれる。私の感じる限り5年ほど前から増加傾向にあると思う。各地の銀行と既存の会社の顧問ではない税理士(税理士法人を含む)・コンサルティング会社とがタッグを組みホールディング会社設立までは行なう。しかしながら、その後の新設された会社の面倒を顧問でない税理士・コンサルティング会社が見るケースは少なく、元々の顧問税理士にそのホールディング会社をまかせていることが多い。

彼らの目的は一体何なのであろうか?「ホールディング会社を設立することによって、株価が下がると言われたが」そういうことがあるのだろうか?それならば、株価を下げたいと思っている全ての企業がホールディング会社を設立することになるであろう。また、国税庁が、株価を下げることだけを目的としているホールティング会社の設立といった一連の行為を放置するのだろうか?その他の目的はあるのか?
以上をテーマに内容上取引相場のない株式、いわゆる非上場株式を前提に関わる問題点について検証する。なお、事業承継税制については触れていない。

【審査意見書から】

・非上場企業についてホールディング会社を設立し、これに金融機関が融資を行い、ホールディング会社が企業株式を買い取って子会社化し、企業の利益から融資返済を行うスキームについての考察である。既存企業の株主の整理というメリット面と経営安定リスク、受取配当金税制の変更リスク、買取株式価格リスク等があることを指摘する丁寧な考察である。裁判例等の検討があれば、さらに有益であったが、全体に説得的かつ有益な内容である。

・顧問税理士に知らされず関与先の会社が、コンサルや金融機関に言われるままホールディング会社を設立する事例について具体的に紹介され参考になった。実際に相続が発生した後日談にも興味が湧くところである。
・持ち株会社という切り口から相続(事業承継)の問題を広く取り上げた視点が良いと思う。・包括的な相続対策としてポイントが的確に捉えられているので、実用性が高い。

第4回優秀事例研究賞

著作名 : 「人生100年時代揉めないための相続」~何を成し何を残しますか~

発 行 : 学会誌 第10号  2022年10月

著 者 : 池畑 芳子 氏 (池畑会計事務所 税理士)

【要旨】(事例研究の冒頭を引用)

人生100年時代を見据えた老後の人生を充実させるためには、心身共に健康な体を維持することが大切です。我が国の総人口は、2022年2月1日現在、1億2519万人、65歳以上人口は、3624万人となり、高齢化率は28.9%です。超高齢社会の進展とともに増え続ける認知症高齢者は、2025年には700万人に達すると言われています。将来を具現化することで自分の考えが明確になると、相応しい将来像を描くことが出来ます。

【審査意見書から】

・包括的な相続対策としてポイントが的確に捉えられているので、実用性が高い。

・揉めない相続という相続を正面から論じており、たいへん有意義である。

・遺言の作成に当たっては、専門家のアドバイスが必要なことを痛感する事例でした。

・人生100年時代の相続についての簡明な注意事項がまとめてある。わかりやすい表現で丁寧に書かれている。 ・一人の個人としての相続対策を、年代に応じて整理し、具体的に明確にしようとしている点は、高く評価できる。人々が幸福な人生を送るためのガイドラインの役割も果たしている。円滑・円満な相続をすることに貢献している。

第3回優秀事例研究賞

著作名:「民事信託受託者のリバースモーゲージ型借入による相続対策」

発 行:学会誌第9号 2021年10月

著 者:澁井 和夫 氏 (世田谷信用金庫 顧問)

【要旨】

 90歳の老母の自宅不動産資産を長男が信託して、信託受託者としてリバースモーゲージ型の借り入れを行うと、税務上は信託財産に生じる負債は母の負債とカウントされることから、相続対策上メリットがある。

【審査意見書から】

 高齢の親に不動産がある場合のリバースモーゲージの活用は、よくある事案であり、応用の可能性も高いので実務上の対応の参考になる。

 リバースモーゲージを活用する相続は、これからの課題だと思われる。よい問題提起となっている。

 民事信託とリバースモーゲージという普段あまり目にしない新しい概念・制度を用いて、高齢者のために死ぬまでの安楽な生活を保障するスキームを考え、具体的に実践しており、また、それが相続税対策や相続人間のコミュニケーション等にも資するスキームとなっており、円満かつ円滑な相続を実現している。

 被保佐人と保佐人の間の民事信託契約について事前に裁判所の審判を得るなど、細部にわたる確認が良くなされた事例である。高級住宅地であるという事、兄弟関係が優良なことなど幸運な点も多々あったが、本スキームを導入したことにより結果として相続税、譲渡所得税の観点からもメリットが得られたことも大きいが、なにより、介護の経済的負担軽減、家族が納得行く看取りが達成できたことが一番評価すべき点だと思った。

第2回優秀事例研究賞(2021年10月授与)

■優秀事例研究賞

「高齢者間の相続における諸問題」学会誌第8号掲載
著 者 : 髙野良子(福田耕治法律事務所 弁護士)

【要旨】

高齢の兄弟姉妹間で生じる相続における具体的事例(所在確認、意思能力問題、遺産分割協議における調停利用の困難性、不動産の処理等)を紹介する。

【審査意見書から】

実際によく生じうる高齢者の相続問題について、複雑な事案の問題点を的確に把握した上で分析し、本質に迫る実践を行っている。弁護士は利益相反をしてはならないのではあるが、このような高齢かつ心身共に完全とはいえない複数の相続人がいて、大きな分割の方針が一致しているようなケースにおいては、弁護士が全員の調整役として遺産分割をリードしていくことも十分あり得るものと思われる。姉弟が相続人であり,多数にわたったり不在や認知症の方がいるなどの問題は増えているので実践的で役立つと思う。

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■優秀事例研究賞

「相続と祭祀承継」学会誌第8号掲載
著 者 : 水上 卓(日本橋法律会計事務所 弁護士)

【要旨】

相続の際の祭祀承継について争いとなった事例をもとに、相続財産と祭祀財産の違い、祭祀承継者の決定方法、祭祀承継で争いとならないための対策等について整理した。

【審査意見書から】

祭祀の承継というあまり目立たない問題について、独創的かつ丁寧な分析及び論述を行っている。実際にトラブルになる事例も多くあると思われることから、円満・円滑な相続のために重要な研究テーマであると思われるが、適切な考察がなされ、思考過程・結論が適切に示されている。祭祀財産の相続は,法律規定の役割が限られており,重要かつ厄介な問題であるところ,本稿は,丁寧な考察を行っている。


第1回優秀事例研究賞(2020年11月授与)

■優秀事例研究賞

論説名:「相続制度が生み出す所有者不明土地」学会誌第7号掲載
著 者:宮田 百枝 (麹町共同法律事務所 弁護士)

【要旨】
相続発生後、被相続人の生前に、主に同居している親族などが、被相続人のキャッシュカードを利用して、複数回にわたり預貯金を引き出していることが判明することがある。預貯金を引き出した動機や金額は様々であるが、相続発生後にその事実を知った相続人が、引出しをした相続人に対して不信感を抱いて、遺産分割協議が円滑に進まない大きな要因となってしまうことがある。しかし、家庭裁判所では、このような問題は、遺産分割の前提(不随)問題として、基本的に、地方裁判所で扱うべきであるとされてしまう。また、事案の性質上、激しい感情的対立があるのに、領収書等もあまり保管されていないことが多く、解決に多大な労力と時間がかかってしまう。そこで、トラブルとなってしまった場合に早期に解決する方法、および、このようなトラブルを事前に防止するための方法等について考察した。
【審査意見書から】
遺産分割協議が円滑に進まない要因を「使途不明金」に問題提起し、多方面で考察している。
被相続人の生前に引出された預貯金が使途不明金になる場合、相続人の間で疑心暗鬼を生ずる事態となる。実務では相続人間で解決できない場合には地方裁判所で民事訴訟(不当利得返還請求権や損害賠償請求権の訴え)を提訴し解決を図ることをすすめている。
改正民法906条の2についても記述されており、遺産分割前の遺産の「処分」や処分された財産であっても、共同相続人全員の同意があれば分割時に存在するものは、「遺産」とみなすこと等についても記載されていてわかりやすい。本稿は時系列的に手際よく記述されており、早期解決の方法やトラブル防止の方策が丁寧に示されている。

■優秀事例研究賞

事例研究:「所有者不明土地問題における基本的問題点の整理」―お隣さんの荒廃した土地トラブル 学会誌第7号掲載
著 者:水上 卓 (日本橋法律会計事務所 弁護士)

【要旨】
平成23年の東日本大震災の復興事業の際、所有者不明の土地が、土地再開発等を行おうとした際に大きな妨げとなった。そのため、それをきっかけとして「所有者不明土地問題」が大きな問題として議論されるようになり、現在、活発な議論が行われている。
そこで、今回の事例研究は、所有者不明土地に関する事例をもとにして所有者不明土地問題の問題点や発生原因等の基本的な事項についてまとめる。
【審査意見書から】
所有者不明土地問題についての問題点の指摘や発生原因の分析などの基本的な事項について、よくまとめられており、また、一般人にも理解しやすいような表現方法がとられている。
実例をもとに、現行法における対応策が紹介されている。公示送達の制度を利用する方法や、不在者財産管理人を選任する方法の仕組みと問題点を判り易く解説されている。

■優秀事例研究賞

事例研究:「被災地の復興事業における相続未登記の弊害と事業推進の迅速化+α」 学会誌第7号掲載
著 者:小林 正宣 (株式会社クオリスコミュニティ 宅地建物取引士)

【要旨】
東日本大震災時、岩手県釜石市の片岸海岸では、津波の高さはゆうに10mを超え、高さ6.4mの防潮堤の約3分の2が完全に決壊し、かろうじて決壊を免れた箇所も、広い範囲で地盤変動により約1m沈下した。木造家屋は2mの津波で全面破壊、4mの津波で石造家屋や鉄筋コンクリートでも持ちこたえにくいといわれている。
そのため防潮堤の背後地の鵜住居地区では、津波がJR山田線、国道45号を越え、約3㎞も鵜住居川を遡り、この地域の多くの住民の命と暮らしを奪ったのである。このため新たな防潮堤復旧工事では、防潮堤の高さを14.5mに嵩上げするとともに、鵜住居川河口部に同じ高さの水門を建設し、津波・高潮による被害軽減、地域住民の生命の保全を図ることになった。
東日本大震災の津波により、壊滅的な被害を受けた岩手県釜石市の「片岸海岸防潮堤復旧工事」の事例を検証する。
【審査意見書から】
非日常な状況における創意工夫が、平常時に大きく役立つと思う。今回の経験はまさにそういったものであり、今後の相続未登記事案に活用を期待する。
被災地復興に向けて、行政、裁判所、弁護士、司法書士の迅速な連携が解決モデルケースに選定された要因であることが理解できた。自然災害からの早期復興には土地収用手続きの効率化が一番の問題点で、全国レベルで対応チームを組成しておく必要があると思った。
具体例をもとに所有者不明土地の問題を非常にわかりやすく深堀りしている。弁護士会、司法書士会、家庭裁判所、県の協力があって、所有者不明を収用する方法が考察されている。